★創世記
べっ甲は、元々中国の技術で、前漢の武帝が設置した楽浪郡の遺跡からべっ甲のくしが出土しています。万里の長城で名高い秦の始皇帝の王冠の一部がべっ甲で装飾されていたともいわれています。
今から約1300年程前、隋より小野妹子が持ち帰った献上品の中に、べっ甲を用いた美術品があります。その他数点のべっ甲が奈良の正倉院の宝庫に、日本に現存する最古のべっ甲として保存されています。
日本でのべっ甲の歴史は約300年で、徳川幕府鎖国によって、オランダ人と中国人による長崎一港での貿易となったため、べっ甲原料を容易に入手できた長崎でべっ甲細工は発達し、丸山花街の装髪具にも用いられ、京都・江戸へ流行しました。
★拡大期
元禄時代、高級遊女や大名夫人の装飾品などとして加工されはじめ、明治の到来とともに、長崎で外国人向けのおみやげ品としてべっ甲産業が急成長しました。そして戦後、国内向けが需要を飛躍的に伸ばし、貴族の物から庶民のものへと変化、特に長崎の観光ブームなどで需要を大幅に伸ばし、置物、イヤリング、指輪、メガネのフレームなど、多彩な新化を見せて現代に至っています。
★現在
現在はワシントン条約により、原料であるタイマイの輸入が規制されてしまった為、材料が手に入らない状況が続いています。キューバなどでは蛋白源としてタイマイを食べる為、その甲羅は余っているのですが、それすら買えない状態が続いているのです。また密輸などを防ぐために、経済産業省へのべっ甲の貯蔵量を申請する登録義務などもあり、べっ甲職人への抜打ち検査などで、申請の量が違うと罰せられたりします。
そんな中、タイマイはまれに沖縄に上陸することがあるため、水産庁などは日本でも材料を確保出来るように、タイマイの養殖を開発し始めているようですが、お金と時間がかかるのが現状で、なかなか先行きは明るいとは言えない状況が続いています。
|